岩里祐穂 × ヒャダインが明かす、名曲の作詞術「重要なのは“いかに言わずして言うか”ということ」

岩里祐穂×ヒャダインが明かす、楽曲制作秘話

 作詞家・岩里祐穂によるトークライブ『Ms.リリシスト~トークセッション vol.3』が2017年4月16日に開催された。このイベントは岩里の作家生活35周年記念アルバム『Ms.リリシスト』リリースを機に、あらゆる作詞家をゲストに招き、それぞれの手がけてきた作品にまつわるトークを展開するもの。リアルサウンドでは、そのトークライブの模様を対談形式で掲載している。今回ゲストとして登場したのは、ももいろクローバーZやでんぱ組.incなどのアイドルを中心とした幅広いアーティストの作詞のみならず、作曲、編曲も手がけるヒャダインこと前山田健一。両者が手がけてきた楽曲の制作秘話を紐解くと、物語の描き方や言葉の使い方など、それぞれの特徴が浮かび上がってきた。(編集部)

ももいろクローバーZ「ワニとシャンプー」

20170522-iwst2.jpg
岩里祐穂

岩里:私がヒャダインさんのことを初めて知ったのが、ももいろクローバーZのシングル『猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」』。TVアニメ『モーレツ宇宙海賊』(MBSほか)のオープニングテーマで、エンディングが私が作詞した「LOST CHILD」(シングル2曲目に収録)だったので、そこでお名前を知って。その後ももクロちゃんの横浜アリーナのライブに行った時に「ワニとシャンプー」を聴いて衝撃を受けました。歌で日本全国を周る「ももクロのニッポン万歳!」も面白かったし「事務所にもっと推され隊」もよかったな。みんなヒャダインさんの楽曲ですよね。

ヒャダイン:「事務所にもっと推され隊」は有安杏果さんと高城れにさんのユニット曲です。事務所から全然押されてなくてかわいそうな子たちだったので、そのままの曲を作りました(笑)。

岩里:「ワニとシャンプー」は、ライブの巨大スクリーンの詞のテロップを見ながら本当に感心して。とにかく情報量が多いんだけど、ちゃんとした様式美がある。Aで夏休みの情景、A’で自分と宿題との現状を描き、Bで問題と間違った回答を並べて、Cのサビで、終わらない終わらないと叫んであわてまくる……なるほど、上手く構築されているなと。1番2番ときっちり同じパターンで進んで、でも2番に行っても、まだ宿題が70枚も残ってる。1番で80枚だったのであまり進まないんだなとも思ったんですけど(笑)。

ヒャダイン:そうですね。気が乗らないプリントなので。全然進まないんですね。

岩里:でも、そこもよくて。とにかくしっかりと組み立てられている。ここには何を書き、ここにはこれを書くときちんと決められていて。でも、そういう様式美の中に書いてあることが破壊的。

ヒャダイン:破壊的(笑)。「宿題できねーよー」っていう。

岩里:冗談音楽的なものをアイドルに持ってきたのも新しいなと感じました。“かわいいアイドルちゃん”じゃない、今までのアイドルの詞の概念とは全然違うなと思ったんですよね。AKB48のブレイク以降、いろいろなスタイルのアイドル像が出てきたけれど、歌詞の世界観も含め、やっぱりアイドルはかわいらしさがパッケージングされた存在でした。私はBuono!というロックアイドルで、一時期いろいろなことをやらせてもらいましたけれど、ここまでリアルにかっこ悪いことを書く発想はなかったんですもん。

ヒャダイン:なるほど。「8月31日に80枚プリントを残している」というかっこ悪さ(笑)。まあ、どうしようもない、半径がとても狭い世界を描いています。

岩里:とてもピンポイントだけど、その女の子にとってみると人生の一大事。だから素晴らしい題材だし、私もそういうタイプの子どもだったからリアルだなと思って聴きました(笑)。新しいアイドルのエンターテインメントの形で、この曲を聴いた時はジェラシーの塊になりましたね。その上、「宿題」という一ネタでこれだけ長い1曲を書くのって難しいんですよ。

ヒャダイン:難しいです。

岩里:私だったら2番あたりでもっとどこかに行きたくなる。宿題と離れたところで、思い出についてもっと膨らませてみたり。でも、ヒャダインさんは宿題に軸足を置いてどこにも行かない。だからヒャダインさんの曲は情報量が多くてもすっきりして、ちゃんと腑に落ちるんですよね。

ヒャダイン:僕の曲、おっしゃる通り情報量が多いんですよ。情報量が多いとフォーカスがブレてしまうので、どこかをすっきり、シンプルにすることで帳尻を合わせなきゃいけないということは常に考えています。僕の場合は曲も一緒に書くので、それができるというのもありますが。

岩里:「ワニとシャンプー」、どのように作っていったんですか?

ヒャダイン:実を言いますと、当時のディレクターさんから「ワニとシャンプー」というタイトルで曲を作ってくださいと言われたんです。ひどい話でしょ。

岩里:その発想は変態的ですね(笑)。さすがにその流れは想像できなかった。

ヒャダイン:だから僕も当時「負けてられるか」と頑張って作りました。無理やり作るのは嫌だし、必然性は絶対持たせてやろうと。一生懸命考えた結果、「ワニとシャンプーで酸素ができる」という架空の方程式が閃いた。そしてその考えている時の感じから「宿題」というテーマも出てきた。そうやって逆算で作った曲なんです。曲や詞を書く時って、頭から書いていったり、トリガーポイント、1個のキーフレーズから派生させていったりすると思うんですけど、この歌詞は「ワニとシャンプー」。ここから枝葉がワーっと広がっていきました。

岩里:それ、すごい天才的だと思いますよ。リスペクトの度合いがかなり上がりました。

ヒャダイン:ありがとうございます。そうやって「ワニとシャンプー」のワードから宿題に追われる女の子までをイメージしていきました。当時ももクロのメンバーが学生だったので、本人たちの学生生活とも合わせるようにして。しかも、あの子たち本当に勉強ができなかったので、“お勉強が嫌いでできない”という要素も入れることにしました。振り返れば楽しく作ることができた曲ですね。岩里さんもそういう無茶なフリはあるんじゃないですか?

岩里:無茶なことを言われると、驚かせたいと思うから頑張りますよね。

ヒャダイン:そうなんです。エンドユーザーに一番びっくりしてほしいですけど、無茶なことを言われたら、まず無茶を言ってきた最初の人にびっくりしてほしい。「こう来たか、ちくしょー!」って言わせたいですよね。

今井美樹「雨にキッスの花束を」

20170522-hya2.jpg
ヒャダイン

ヒャダイン:僕は岩里さんの作品の中から1曲目に今井美樹さんの「雨にキッスの花束を」を選びました。アニメ『YAWARA』のオープニングテーマに起用されていた曲で、作曲はKANさん。お洒落な名曲です。

岩里:懐かしい。1990年のアルバム『retour』収録曲ですね。

ヒャダイン:この曲は27年前の曲ということが一つポイントで。僕がこの歌詞を好きな理由に、ドラマ仕立てということがあって。今井美樹さんの曲の中でも、特にストーリーがある歌詞ですよね。スクランブル交差点で男性にいきなりプロポーズされる女の子の様子を順序立てて説明しています。一般的に、そういうドラマ性のある歌詞は情景や表現の言葉によって時代性が出てしまうもの。でも、この曲は時代に紐づいたワードをほとんど使っていないので、27年前とは思えない普遍性があるんです。「トレンディードラマなのに、今でも全然放送できるじゃん」というような。

岩里:<大雨注意報>も大丈夫かしら?

ヒャダイン:大丈夫です。唯一時代性を感じるのは、<ルージュ>でしょうか。あと、歌詞には表記されていない今井美樹さんのセリフ「やっと言ったな、コイツ」。“コイツ”はさすがに最近は言わないかなというくらい。あと、この歌詞は感情表現が少ないんですけど、僕は歌詞で重要なのは「いかに言わずして言うか」ということだと思っていて。

岩里:なるほど。そのまま言ってはおしまいですからね。

ヒャダイン:そうなんです。この曲では登場人物がどういう人たちなのか、年齢や髪型など人物描写もまったくない。なんなら途中まで女の子の感情も描かれていないんですよ。<突然アイツが言った「結婚しようよ、すぐに」/街は大雨注意報 みんな急ぎ足>の部分で情景描写があって、その後の<愛してるって言いながら ふたり 大人どうし/つかず離れずの仲でいようと 吹いてた>、この<吹いてた>だけでその女の子がどんなふうに思ってたのかが想像できるわけですよね。

岩里:<吹いてた>は、なかなかいい言葉が思い浮かばなくて入れた言葉なんですよね。

ヒャダイン:えっ、そんな感じで決めたんですか? これは、秀逸ですよ。<吹いてた>によって普段この二人がどうお付き合いしてるのかとか、明るい女の子だとイメージできる。「つかず離れずの仲でいようね」って軽口を叩いてる、友達みたいなカップルなんだなと想像できるんです。

岩里:それは嬉しい。迷っても書いてみるものですね(笑)。

ヒャダイン:そして<思いがけないプロポーズ!>の後の<噓でしょう>で、やっと感情が出てくる。続けて出てくる詩的な表現<ころがってゆく傘の花>、これがもう映画的なんですよ。雨で傘をさして、プロポーズして、ぱっと傘を離してしまって転がっていく。スクランブル交差点ですごい迷惑だと思うんですけど(笑)、そのくらい動揺したということですよね。軽口を叩くような女の子が<クラクションさえ聞こえない>状態になって、ここからは感情表現のオンパレードですよ。<ずぶ濡れのまま動けない>、そして最後には<世界中 息をひそめて 今私達 見つめてるよ CHU!CHU!>と。

岩里:なんだそれっていう(笑)。

ヒャダイン:僕も詞の登場人物に「ナルシストが過ぎるぞ!」と思いましたけど(笑)、そのくらい恋愛に夢中で時間が止まったということですよね。このだんだん感情が出てくる手法がドキドキします。さらに2番の<こんなに気の強い女 ねぇ本当に私でいいの?>の部分で「やっぱりお前、気強かったんじゃん!」と答え合わせができる(笑)。

岩里:思わず書いちゃいました。今井美樹さんと私と、二人を重ね合わせながら。

ヒャダイン:気の強い女。でもプロポーズを待っているし、ちょっと怖いから愛してると言いながらも、つかず離れずの仲でいようなんて吹いている。弱虫な部分もあるわけですね。

岩里:<本当に私でいいの?>って、かわいいでしょ。

ヒャダイン:そうなんです、かわいいんですよ。この家庭は絶対上手くいく(笑)。とにかく感情が語られ過ぎていないのがいいんです。情景描写の中に匂わせながら、ちょっとずつ察していく。すごくテクニカルで素敵な歌詞だなと思っております。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる